エキシビジョンクルーズ

湊茉莉アーティストトーク

2021年6月6日

ザ・トライアングル「湊茉莉:はるかなるながれ、ちそうたどりて」の関連プログラムとして、湊によるアーティストトークが2021年3月20日に美術館の講演室で開催された。京都市立芸術大学で日本画を学び、その後の活動拠点をフランスに移した湊は、各地の歴史や遺物のリサーチを行い、場に伏在する時間の流れや光の微細な変化を視覚化するインスタレーションを手がけている。トークでは、本展を担当した国枝かつら(当館アソシエイト・キュレーター)が進行役となり、湊のこれまでの活動、作品コンセプトなどが語られた。

日時 : 2021 年3月20 日(日)14:00〜15:30
会場 : 京都市京セラ美術館 講演室(本館地下1階)
登壇者 : 湊茉莉(出展作家)、国枝かつら(京都市京セラ美術館 事業企画推進室 アソシエイト・キュレーター)

これまでの活動について

右から湊茉莉、国枝かつら
会場の様子

京都市立銅駝美術工芸高等学校を卒業し、京都市立芸術大学・大学院で日本画を学んだ湊は、2006年からパリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)に留学。以来14年間、フランスを拠点に活動している。本アーティストトークは、その歩みを振り返ることから始まった。

湊:母が大学時代に外国語を専攻していたこともあり、幼い頃から外国語に触れる環境で育ちました。なかでもいちばん興味があったのがフランス語で、大学時代は毎日ラジオでフランス語会話を聴いていました。

そして大学院2年でエコール・デ・ボザールへ留学。学生の半分がフランス国外からの留学生だというボザールで、湊はさまざまな国、文化の学生たちと交流し、コメを主食とする日本、小麦を主食とする文化圏の違い、地理的条件、気候、自生植物の違いが芸術にも影響を与えることを意識したという。例えばフランスを南下してスペインやモロッコへ旅すれば、風景の変化とともに植物が変化し、赤道に近づくほど自然光の光も強く、木々や土の色も鮮やかになっていく。その土地にしかない色を見ること、そしてそこでしか食べられないものを摂ることで、湊は視覚的・経験的に土地の特性を理解していったのだろう。

湊:留学から3年後の修了審査で、はじめて壁面に水彩で描くインスタレーションを手がけました。それはフランスでの生活で日々変わっていく光のうつろいと対話する絵画でした。それ以来、展示場所を観察して作品をつくることを続けています。

自然光の入る空間で続けられた制作活動は、やがてギャラリーや美術館といった閉じた場所でも展開していく。自然光のない空間では、湊はアクリルや蛍光絵具を使い、鑑賞者の知覚作用に強く訴えるような表現技法を見出したという。そしてそれは、直接的に現在のインスタレーションのスタイルへと繋がっている。

トークでは、この10年間で発表した主だったプロジェクトも紹介された。2012年に参加した「L’Art dans les Chapelles 21e édition」で、湊は英国から伝わったケルト文化の痕跡が残る礼拝堂で展示を行った。

湊:礼拝堂の特徴的な天井は、舟を逆さにしたようなかたちと言われ、船で渡ってきたケルト人の文化を今に伝えるようでした。ケルトは神的な存在を人格化せず、口頭で文化を伝える魔術的な系譜を持つ文化でしたが、後にローマ人の征服を受けます。その影響もあり、この礼拝堂もチャペルのようになっていますが、空間に射し込む光を丁寧に観察すると、この場所がどんな歴史をもって、今日に至ったのかがわかってきます。また、第二次世界大戦時には、看護師らが虐殺される事件もここで起きています。そういった過去の記憶をふまえ、朝陽の射す壁面に母子像を描くというアイデアを展開しました。

さらに2014年にモンルージュ市で行った展示では、公共空間にあるエレベーターのガラス面に描画するという、初の挑戦をしたという。展示後には原状回復する必要があるため、和紙テープとアクリル絵具の発色を高めるアルミテープを使って壁面を養生し、その上からアクリル絵具で描写する手法はこのときに開発したもので、現在も湊が頻繁に活用するものだ。
ケルトに限らず、ガリア、イスラムなどさまざまな文化を題材にしたインスタレーションを欧米各地で展開した湊は、2017年に長野県で開催された北アルプス国際芸術祭に参加する。

湊:展示に使った商店街の一角に残る江戸時代の蔵は、仄暗い光しか内側に入ってきません。そこで空間の一角にアルミテープを貼り、外光を導き入れるインスタレーションとしました。ある時間にだけ射し込むアルミを反射した光は、室内のテクスチャーをさらに浮き立たせます。また、蔵の下には地下水が流れていて、耳を澄ますと水の流れる音が聞こえてきます。そういった視覚と聴覚に訴える経験を、ここでは意識しました。また、制作後に『信濃紀』というアーティストブックを編集し、制作のために描いた農具や生活の品々のドローイングを収録したことも、記憶に残っています。

これ以外にも、2019年に東京の銀座メゾンエルメスフォーラムで行われた日本での初個展や、コロナ禍のなかで制作されたナンテール市の野外劇場での壁画なども紹介され、継続的な湊の活動と作品展開が語られた。

展覧会「はるかなるながれ、ちそうたどりて」について


展示会場の様子

続いて、「はるかなるながれ、ちそうたどりて」と題された今回の展示に話題は移った。地下1階のメインスペースと、地上のガラス壁で構成された本展は、京都市京セラ美術館の土地の歴史・特徴をふまえた内容だという。
美術館のある岡崎地域を囲む堀川から南西に向けて流れる白川は、明治期の近代化により人工的にコントロールされているが、かつては乱流・洪水が頻繁に起こり、集落を呑み込むこともある不安定な川だったそうだ。

湊:その形跡は発掘調査の資料から読み取ることができ、ちょうどザ・トライアングルの東側を横切って川が流れていたことがわかりました。その流れに沿うように、弥生時代の晩期には溝が掘られて、湿地帯と集落のあった場所の境界からは、多くの土器が発掘されています。ここから発掘される土器には食物などを盛る高坏(たかつき)が多くあり、その特徴的な「くびれ」のかたちをモチーフにドローイングとして、ガラス壁に描きました。赤やピンクの顔料の色彩は、春から夏への季節の時間を感じられるものになっていると思います。また地下のインスタレーションは、かつてあった水の存在を意識してつくりました。溝のあった場所に沿うように布素材を張り、水場の存在をほのめかすように東の壁は青色に塗っています。吹き抜けの空間は地上と地下を繋いでいますが、光の強い日中は地上の赤が地下に届き、夜は対照的に地下の青が存在感を際立たせます。布素材の一部にはアルミ箔と銀箔を使い分けて貼っていますが、経年変化の起きにくいアルミ箔は一定に、いっぽう銀箔は酸化作用で少しずつ色を変えていきます。こういった仕掛けから、時間の変化を物質的にも空間的にも感じられるプロジェクトとなっています。

美術館の敷地内に潜む、いまは見ることのできない時間を顕在化したようなインスタレーションを通して、湊は時間の移ろいを伝えようとしているのだろう。「季節が変わったときにぜひ再訪してほしい」という作家の言葉が印象に残った。

(文:京都市京セラ美術館 事業企画推進室 ラーニング)

 

登壇者プロフィール

湊茉莉(みなと・まり/アーティスト/出展作家)
1981年京都府生まれ。2006年京都市立芸術大学大学院美術研究科日本画専攻修了、2009年パリ国立高等芸術学校ディプロマ取得。現在、パリ在住。主な個展に「うつろい、たゆたいとなみ」(銀座メゾンエルメスフォーラム、2019年)、「Retours d’Orient」(Galerie Eric Dupont、2019年)がある。

国枝かつら(くにえだ・かつら)
京都市京セラ美術館 事業企画推進室 アソシエイト・キュレーター。

一覧にもどる

#京都市京セラ美術館#kyotocitykyoceramuseumofart